kindleでエッセイを出版しました!

昨日深夜、KDPで出版手続きをしておりました。んで今朝、審査が終わり無事販売がスタートされたとamazonさんからメールが来ました。

 

 

やったね!ちゃんと Amazon商品紹介 で出てくる。

 

このkindle本に、このブログで書いてきた記事の半分くらいを載せた。載せた記事はこのブログでは削除した。

 

どうやって出版までしたかというと、この本を参考にしました↓

 

Kindleセルフパブリッシング入門

Kindleセルフパブリッシング入門

 

 

「sigil(シジル)」という無料のソフトをダウンロードしてEPUB(イーパブ)という形式の文書を作り、それをKDP(キンドルダイレクトパブリッシング)のサイトでアップロードする、というやり方です。

 

 

なんでこんなことをしてるかというと、ブログのホームページをHTMLで1から作ってみたくなったのがきっかけです。

そのホームページをメインのブログサイトにするために、このブログ「缶ヶ江岬のメグル灯台」は削除する予定なのです。でも今までせっかく70記事くらい書いてきてるので、再利用してやろうと思い、今回kindle本を作りました。3、4ヶ月かかってしまった。でも今からはホームページ作り、するぞう!

 

大阪北部地震を経験して…「忘れる」って大事な機能だと思う

2週間前の月曜、6月18日、朝8時頃 大阪北部地震で僕が住んでる枚方もかなり揺れた。震度6弱。家の壁にあちこちヒビが入った。タンスが倒れたり姿見の鏡が倒れたり食器が落っこちたり…。僕はちょうど寝てて、僕の横で既に起きてた妻に起こされたのが早いか、大きな揺れで起こされたのが早いのか、どっちかよくわからん。揺れてる間は部屋の隅っこに妻とくっついてただじっとしてた。コワくて動けなかった。

 

 

去年の6月に長野で震度5の地震があって、大阪も震度2くらい揺れた。この時に僕は記事を書いていて、シャワー浴びてる時に地震来たらどうしたらいい、というテーマだった。もし魔法が使えたら、という空想話を展開して、シャワー中地震が来たらこの魔法でこう対処する!とのんきなことを書いていた。

 

まさかその危機が現実にやってくるとは。

震度6のが来てから2日間は余震が1日に3~5回くらいは来てた。震度3~4のが。これがメチャコワかった。

 

いつくるかわかんない。

そんでもしかしたらまた震度6とかでっかいのかもしれない。

 

てなわけでおフロに入るのがとってもコワい。入ってる間は「あぁ今来たらどうしようどうしよう…」と思いながら高速で体や頭を洗っていく。あぁヒゲ剃りしてたら…その間に来るかも…でもしなきゃ…うわああああ(ジョリジョリジョリジョリ)

ヒゲ剃りは僕2日に1回くらいでやるんだけども、あんなに落ち着かないヒゲ剃りは人生初めてだ。

 

 

結局、おフロ入ってる時はラッキーなことに余震来なかった。

 

で、地震発生から3日目以降は余震も1日1~2回に減り、揺れも一瞬だけとかになってね。落ち着いてきまして。ま先週土曜23日23時頃と、昨日7月1日12時半頃に震度3のが来たけど・・・それ以外もう来てないし、ほとんど落ち着いてきまして。

 

そうなると、いつの間にか「いつくるか余震いつくるか…」とおびえなくなって、いつものようにフツーにおフロに入れるようになっている自分がいる。あんなにビクビクしてたのに。人、というか生き物のカラダってすごいなって思う。2、3日何も危機が来なくなったら、それは来ないものとして忘れるというか。もちろん揺れた時の記憶は忘れてないんだけど、「来るかもしれない」という構えをしなくなるっていうか。自分は割とビビリな方だと思うのに、なんかいつの間にか自然といつも通りにおフロ入れてる。

 

いやーすごい。過去に経験した危機、恐怖を忘れる機能がついている。ヒトには。感心しました。おわり。

時間がない×2とか言ってるけど、時間はもともと存在しないよね。

だって人間が勝手に考えだしたもんだしね。お金と一緒で。て考えると、時間がないとかお金がないとか、一体何を言ってるんだ自分はってなる。そんなもんは元からないぞと。あるのは自分、右手に握ってるシャーペン、文字の列を書いている紙。今書き始めてから5分くらい経った。針が丸い平板の上をぐるぐる回る時計というキカイ、針が3の文字盤から4の文字盤まで動いたから、「5分経った」ことになる。それは人間みんなで決めたこと。元々ないものでも、人が集まって、全員一致で「ある」と決めたなら、それはある。その人たちの間では、確かにある。

 

時間とはそーゆーものだから、何かをやらない理由に「時間がない」は使えないんじゃないか。今日は日曜日だけど、忙しくて時間がないから庭の草むしりはできない、とか。それは例えば、パソコンがないから洗濯できない、くらい意味の分からない発言になりはしないか。いやパソコンなくても洗濯できるから、とツッコまれておわり。だから「時間がないから~できない」という言い方する人は、「~」をしたくないんだよね。でもストレートに したくない と言うのはカドが立つ、もしくはほんとに自分には時間がないと信じているのか、どちらかのつもりで「時間がない」という。

 

何言ってんだコイツは…というかんじですか。ドラゴン、竜って存在しないすよね。でも空想上の生き物として絵や造形にはなっている。みんな、実在はしない架空の生き物だとわかる。でも時間はふつうそういう風には皆とらえない。確かにあるものとしてみなす。ドラゴンと時間の違いはなんだ。生活にしみついてるかどうかでは。大多数の人にとってドラゴンは生活の一部じゃない。ドラゴンをバーチャル(ゲーム)で飼ってるとか、あるいは戦ってるとか…そんな人でもドラゴンはほんとはいないとわかってる。でも、18時から塾だからモンハンできるのはあと20分だ…とか、時間は当り前のように使う。でいつのまにか時間は実在すると勘違いしちゃう。

 

こんなこと書くけど、自分こそ「時間がない」とよく思ってしまう。いや、ほんとにないんだけど、そうは思いたくないなと。だって「時間がない」と言ったり思ったりしてるうちは時間に支配されてる感じがするんだもん。元々、仕事とかがより管理しやすく早くできるようにと考案されたものが「時間」のはずなのに…

というわけで僕は時間に支配されたくないので時間とたたかう。