よしもとばなな『キッチン』よりグッときた文章4選(2/2)

さて今回はよしもとばなな『キッチン』の気に入った文章残り2つをご紹介。

 

 

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)

 

 Amazonより

 

『キッチン』の登場人物の説明は前回したので、こちらの記事をチラッと見て下さい。

 

kotoba2kai.hatenablog.com

 

ここで目次でっす。

 

 

しあわせ

 

 

3つめの気に入った文章こちらです。

 

スクールにお料理を習いにくる女の人たちを見ていたら納得がいった。私とは根本的に心がまえのようなものが異なっているようなのだ。

 彼女たちは幸せを生きている。どんなに学んでもその幸せの域を出ないように教育されている。たぶん、あたたかな両親に。そして本当に楽しいことを、知りはしない。どちらがいいのかなんて、人は選べない。その人はその人を生きるようにできている。幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。(82ページ)

 

長くてすみません。でもこの文章は強烈だ。強烈にわかりやすく、人の生きる世界のあちら側とこちら側を表現している。

 

こちら側

 

 

こちら側とは、お料理を習いにくる方。高校行って、大学行って、就活して、どっかの会社に就職して、正社員になって、この人かな、と思う人と結婚して、子どもを作って、仕事に子育てに家事にかなり忙しくて、給料はそんな悪くないけど不満もあって…みたいな定番の流れに沿う人生。

 

ふぅ、うんざりだ。いやでも良くも悪くもそれが土台、基準となって人生設計ができるわけで、それには感謝している。ただ、その流れに逆らわず身を任せるのはなんかシャクだ。なんだろう、僕は人の言うこと聞くのあんまり好きじゃない。

 

言ってくれる方は、こちらのためを思ってのことではある。むぅ、それが嫌なのかも。「大学は出ときなさい」とか、「正社員になりなさい」とか、そうすれば間違いないからって。間違っちゃいけないんかい。

 

間違っちゃいけないとか、恥はかかない方がいいとか、それ待った。…わかった、そちらの言い分はちゃんと聞きます。でもその助言に従うかどうかは僕が決めます。生意気か? じゃあなんで僕には意識があるんだ。従ってほしいなら意識無くしてくれよ。

 

間違ったり、恥をかいたりするのに慣れると、すごく楽だ。新しいこともチャレンジしやすくなる。「あーやっちゃったな、相手に迷惑かけて申し訳ない。」まず相手に謝意を感じて、次に「もう一度、別のやり方でやってみる」、「こんなの自分にはできんな、諦めよう」とスッパリ諦めるか。それでいいよね。

 

 

ちょっと引用文ガン無視で書きたいこと書いてしまった。溜まってるな自分。

僕は溜まってるから、こちら側のことに反発して悪く書くけど、この引用文では中立の立場で書いている、そこがいい。その境地にはどうやったらたどり着けるのか、僕の進みたい道だ。

 

あちら側

 

 

中立の立場で書いているとはいえ、はっきりと、「本当に楽しいことを、知りはしない」と言っている。この突き放すような表現好きだ。ものすごく興味が湧く、あちら側の「本当に楽しいこと」に。

 

例えるならば、マンガ「ハンター×ハンターでの一般人念能力者みたいなものか。念能力を修得するには厳しい訓練を要するし、強くなろう使いこなそうと思ったらもっと自分に訓練を課さなきゃならんし、ある意味苦行だ。

 

twitterより。はい/いいえの質問に答えると、自分が何系の能力者か診断してくれる。僕は変化形だった。

 

でも、使いこなせるようになれば、常識では考えられないようなことができるし、楽しいのは間違いない。

 

こっちのが絶対幸せ、だなんて言えないよねえ。こちら側かあちら側か、自分で決めないと。どっかで読んだけど、幸せになるには「足るを知れ」と。 これがあったら自分は幸せ、というのをはっきりさせると。

 

なるほど。足るを知るには経験しないと分からないと僕は思う。となるとこちら側にもあちら側にも足を突っ込んでみないとだね。

 

引用文では、幸福とは、自分が一人だということをなるべく感じなくていい人生だ、って言ってるけど、これは一人を経験したからこそ言えることだし。経験ですなー、経験。

 

あちら側の楽しみ

 

 

4つめいきます。

 

私はヤケドも切り傷も少しもこわくなかったし、徹夜もつらくなかった。毎日、明日が来てまたチャレンジできるのが楽しみでぞくぞくした。手順を暗記するほど作ったキャロットケーキには私の魂のかけらが入ってしまったし、スーパーで見つけた真っ赤なトマトを私は命がけで好きだった。

 私はそうして楽しいことを知ってしまい、もう戻れない。

 どうしても、自分がいつか死ぬということを感じ続けていたい。でないと生きている気がしない。だから、こんな人生になった。(82、83ページ)

 

またまた長くてすみません。

一見フィクションぽい。そこまで何かに没頭することなんて現実にあり得るのか。信じるも信じないも人それぞれだ。僕は、「信じない」に踏み切れない感じ。

 

信じなかったら、なんかつまらんなと思う。だし、信じてなかったら今ブログでこんなよくわかんない文章を真面目に書いてない。ああ、ここの引用文毎日眺めて感覚を忘れないようにしようかな。

 

あちら側に行きたい。行くためのキーワードは、「少しもこわくなかった」「徹夜」「手順を暗記するほど」「いつか死ぬということを感じ続け」かと。

 

どうやったらそういう風になるんだろうか。僕は今、夜文章書いてたら眠くなって、そうなったら書くの止めて寝る。だって眠いし。

 

やっぱりちょっとフィクションなのかな? いつか死ぬということを…というが、人は毎日死んでいる。寝ると意識とぶし、本人にとっては意識の機能停止「死」だと僕は思う。

 

む、てことは眠りに落ちそうな所(=死にそうな所)を踏ん張ってやるのが、いつか死ぬということを感じるということなのか。あり得る。書いてみて初めて気づいた。

 

他に、命がけで好き、というのも気になる表現だ。スーパーのトマトのことを考えてたら寝るのも食うのも、他のことは何一つ手につかなくなるってことかな。

 

僕も、こうやって言葉の意味を考えるのは命がけで好きかもしれない。その辺がまだよくわかんないから、気が済むまで書いてみよう。戻れない所まで、引き返せない所まで。クサいなこの文章( ̄口 ̄;)

 

おわりに

 

 

はい、よしもとばなな『キッチン』の、缶ヶ江メグルがグッときた文章4選でございました。好き勝手書いたなあ。こんなの最後まで読む人いんのかって感じ。なに自分で防御線張ってんだか。

 

こういうの考えて、考えたことを文章にしていくの楽しい^^ でも「こういうの」の所が、なんと説明したらいいのかいっつもわかんない。人に言う時に困る。

 

まあいいや。次は何書こうかなあ。書いてたらわかる。はず。

 

ここまで読んで頂きありがとうございます! ではまた!