何のために仕事するのか、何のために生きるのか

 

昨日は深夜1時過ぎまでラボにいた。模型作りの仕事がそれまでかかったからだ。と言っても僕は今、午後から勤務のアルバイト歯科技工士なのでそこまで辛くはない。やりたいこと(物書きなんだけど) したいから、そういう形にさせてもらっている。

 

ブログの記事は量より質、毎日ネタを探して焦って内容薄い記事を書くよりは、練りに練って何日かかけて良質な記事を作っていった方が結果近道になる、とかよく他のブロガーさんの記事で見る。でも僕そんな長い作業、途中で投げ出すんじゃないかと思う。

 

それできてたら、本書いてると思うんだ、僕は。でも本を書くのはどうしても途中で挫折してしまう。もう3回挫折した。強制力がない。歯科技工の仕事だったら、出勤時間が決まってるから、遅刻しないように必ず行ける。ブログも毎日書くと決めたら、何か書こうってなって、必ず書ける。

 

本は完全に自分の中でやることになり、つい甘えが出てしまう。そう、僕は意志が弱い。毎日ある程度の長さの文章を書く、とか単純かつ少し強制力のある作業じゃないと続かない。

 

「他人の人生なんて参考にならない」by村上龍何の本に書いてあったかは忘れてしまった。今の僕には毎日書く方が合ってる気がする。

 

あと、最近流れている音楽とか、期間限定のマクドメニューとか、最新ニュースとか、記事の中に書いていたんだけど、あれは要らないな。よく記事の冒頭に書くけど、ほんとのテーマはそれじゃないから、釣り記事みたいになるよね。

 

サイバー攻撃について意見を書きたかったりしたら、ニュースのこと冒頭に書いたらいいけど、そうじゃないなら書かない方がいいなって思った。

 

本当は、北朝鮮のミサイルとか、サイバー攻撃とか、話題の音楽、食べ物とか、どうでもいいんだ。僕はただ、自分が何のために生きているのかを知りたい。

 

昨日高野悦子さんの二十歳の原点紹介文書いていて、やっぱりこういうことを考え続けたいし、書き続けたいと思った。

 

kotoba2kai.hatenablog.com

 

話を今日のテーマに。あと目次。

 

 

なんで歯を治療する?

 

 

深夜1時まで働くってどうよ、他人のためにさ。うん、でも歯科技工は嫌いじゃないよ。製造業とか言われるけど、僕は医療職だと思うよ。だって、製造業ならあんな手間かかんないよ。患者一人一人に咬合器つけてさ、この患者さん小臼歯(奥歯のちっさい歯ね) 作るんだったら頬側咬頭はほとんどなくしてファセットにしなきゃいけないね、とかとにかく大量生産的にはできない。

 

自分の作った歯が患者さんの口ん中入って、ちゃんと噛んだり喋ったりできるようになると思うと、すごいことしてるなって思うもん。

 

でもね、僕は歯を作るよりも文章を書く方がしたくなってしまう、どうしても。

 

なんで、歯を治療すんの? こういうことが頭の中でぐるぐる巡っている。

 

治療して歯を長持ちさせて、噛んだり喋ったりできるようにするため。だよなあ。

 

要するに、延命ってことだよな。長生きさせる。

 

じゃなんで長生きするの

 

 

なんで人類は寿命を延ばし続けているの。小さい頃からされるがままに虫歯治療とかされてきて、その刷り込みで今も歯医者には定期健診で行く。虫歯があったりしたら治療する。そこに疑問の余地はない。

 

生きる理由は人それぞれだと思う。でも、歯医者行くときに、「僕にはこういう生きる理由がある、だからまだ死ぬわけにはいかない、歯を治療して長持ちさせなければならない」とか思ってる人絶対いない。

 

歯が無くなるのは嫌だし、歯周病にもなりたくないし、行く、て感じだよね。自分もそうだし、それでいいんだけど、なんか生かされてる感がして、生きてる感がしないのが気になる。高野悦子さんも『二十歳の原点』でこう書いている。

 

青春を失うと人間は死ぬ。だらだらと惰性で生きていることはない。三十歳になったら自殺を考えてみよう。だが、あと十年生きたとて何になるのか。今の、何の激しさも、情熱ももっていない状態で生きたとてそれが何なのか。(91ページ)

 

少し極端だけども。だらだらと生きてることない、僕もそう思う。こういう時、僕はいつも命を一杯のスープに例えて考える。

 

一杯のスープと命の話

 

 

マグカップに入っているスープが自分の命。全部飲んだら終わり。半分まで飲むとするよね。でもまだスープを味わいたい。どうする? お湯を足す。

 

味の濃さは半減するけど、これでまたスープが満タンになった。それで飲む。またスープが減ってくる。でもまだスープを味わいたい。仕方ない、お湯を足そう。

 

よかった、スープはまた満タンだ、味はとっても薄いけど。……この繰り返し。

 

歯の治療をしてて、定期健診に行ってて、僕はどんどんスープの味を薄くしているんじゃないかと思ってしまう。

 

そりゃ、だーれも死んだ後どうなるかなんてわかんないからさ、生きている限りは少しでも長く生きようとするよ。でもなあ、長生きするために生きるってなんか変じゃない? 健康でいつまでも元気に生きるとか。気持ち悪い。

 

見ろよ、この幸せそうな顔をしているホーエンハイムを。賢者の石になって長いこと生きてきた人間が、死んだ時こんな顔するなんて。

 

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鋼の錬金術師27巻より

 

このコマの後の彼の言葉も載せようか。

 

だけどトリシャや息子たちに会えて

生きてて良かったと心から思うようになったよ。

 

充実した人生だった そうさ十分だ…

 

…………ああくそっ

 

でもやっぱり死にたくねぇなぁと思っちゃうな 

 

お湯じゃなくて、スープを足せるか。味の濃さを失わずにいられるか。そのためにはどうしたらいいんだろう。まだわからない。僕は今、書きたいことを書いて読みたい本を読むことで何か掴めるんじゃないかと考えている。

 

なんで歯科技工士するの

 

 

先になんで生きるのかについて書いてしまった。次は仕事の話。

 

歯科技工士になった経緯

 

 

僕は高校生の頃、漠然と医療系に進みたいと思うようになった。母が看護師しててよく仕事の話聞いたし、生物、人体のこと学ぶの好きだったし。一番最初はお医者さんになりたかった。でもそこまで勉強できなかった。いや、できなかったなんて被害者ぶるのはやめよう。

 

「できない」という言葉は、物理的に不可能なことについて言うのだ。両足が無くて歩くことができない、とか。だから、勉強はそこまでする気が無かった。うむ、正直でよろしい。

 

そこから理学療法士作業療法士を目指し、受験科目とか偏差値の兼ね合いで行けたのが作業療法士のコースだったが、実習がまるでできなくて挫折。人と積極的に関わるのができない。いや、積極的に関わる気がない。作業療法の精神科は、なぜ必要なのか未だにわからない。患者さん、ちょっと普通じゃなかったけど、生活はできてるんじゃないの?

 

まいいや、話進める。人と関わるよりは、間にモノを挟んで、何かもくもくと作業に取り組む方が好きだと気づき、歯科技工士へ進路変更する。モノづくりならなんでもよかったかもしれんのに、医療職にこだわった。

 

なんで医療職にこだわったんだろうね

 

 

人を助けることで自分の価値を感じていたいのか。はい、興味深い文が幸せになる勇気に書いてあるので、引用する。

  

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 Amazonより

 

哲人 他者を救うことによって、自らが救われようとする。自らを一種の救世主に仕立てることによって、自らの価値を実感しようとする。これは劣等感を払拭できない人が、しばしばおちいる優越コンプレックスの一形態であり、一般にメサイヤ・コンプレックス」と呼ばれています。メサイヤ、すなわち他者の救世主たらんとする、心的な倒錯です。(162ページ)

 

僕はメサイヤ・コンプレックスなんだろうか? 多分違う。ラボにいると患者さんと接する機会がないし、感謝をされたりといった救世主感を感じる時がない。それでも、自分は人の歯を作ってるんだぞ、偉いぞ、と誇りは持てるが、そんなのもないんじゃないか。

 

だいたい、「誇り」という言葉は、あの「ホコリ」同音異議語じゃないか。何もしないで放ったらかしにしていると溜まってくるものなんじゃないのか。ホコリはマメにダスキンモップで取らないとね。

 

多分、僕は単純に人体に関わることが面白いんだと思う。僕は基本的に自分にしか興味がない。自分は? 人体だ。興味ある。いろんな患者さんの歯を見ているとおもしろい。で、歯を作ると、複雑な形してんなあ、これが自然にできるんだもんなあ、なんて感心している。

 

ただ、何度も書くけど、歯を作るより今こうして文章を書いてる方がもっと楽しい。これで食べれたらサイコーだ。……結局は仕事は食うためにする。なのにこんな好き勝手なことを書いて。バカか。ほんとに物書きで食べていきたいと思ってんのか。ハイ。

 

そうだ、なんで歯科技工士するのってテーマだった。一言で言うと、割と性に合ってるから。それだけだよね。いたずらに人の命を延命したくないとは思う。といって生きる理由がないなら命を絶てって言うのもおかしいし。とりあえず毎日生きてないと、生きる理由も見つけられない。だから生きる、歯医者にも行く。今はそんな感じだ。

 

おわりに

 

 

書いてしまった。書きたかったから、いっか。なんで生きるのかを考えるの好きだ。

 

こういうのは、哲学と言えるだろうか。僕が書きたいジャンルって、哲学なんじゃないかと思う。思っている。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!ではまた。